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【帰郷、そして過去の和多志と今の和多志】

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みなさま今晩は。
今日は昨日の出来事を綴ります。
かなりの長文ですがお付き合いください。

父が永眠し三年の月日が流れました。
12月21日永眠した最愛の父。
その事が、その時の母が赦せずに昨日まで
過ごしていました。

何故なのか、、、
今夜が最後です。
最後だけ母の過去の事を言わせてください。

父が永眠しお通夜にも、お葬式にも
顔も出さずに居た母を赦せなかった。

大きな出来事だけを抜粋します。
これは、ほんの1部です。

母が和多志にした事。
・和多志が小学生の頃から飼っていた
ワンコのゴロを引越を理由に突然捨てられて
新しい家で室内犬を飼った事。
・22歳の時に和多志が貯金していたお金を勝手に 使い和多志には高価な母の着物、和多志の着物を買ったこと。
・28歳の時に1度目の結婚に婿になる人が嫌いだからと結婚に来なかった事。
・43歳の時に父のお通夜、お葬式に顔すら見せに来なかった事

43歳の父の納骨の時以来の帰郷と再会を
昨日の8月10日に行ってきました。

過去の事はヒーリングや人との関わりで
少しずつ減ってはいましたが根が深かった。

父の葬式で和多志の感情が爆発したんです。
結して、どなり散らした訳ではなく
心に『一生会わない』って葬式の日にきめたんです。

だけど、月日が流れ去年の12月に
真砂リカさんの『新月瞑想会』で
テーマが『親を赦す』に参加し
心、魂レベルで赦している事を
この時に初めて知りました。
今年に入り新たなご縁の
西岡充子さんの『ヒプノ』で
インナーチャイルド』で確認したかった
ヴぃジョンで本当に赦せていたのか?
和多志はインナーチャイルドでも
赦し、母とハグまでしていました。

この流れから今年会いに行く決心をしていました。

そして、選挙の期間に実家の
近所の人から母の近況を知るのです。

『元気にしていますよ。いつも真理子は真理子はと自慢話されてね』と聞き
夏には帰郷しようと、、、

その事を育ての親の姑に話したら
『お盆前に行って、お父さんのお仏壇に手を合わせておいで』と育ての母が背中を押してくれました。
何故か8月10日に決め昨日帰郷してきました。

結婚してからも数回実家に帰っても
必ず父が車で迎えに来てくれていたので
久しぶりに一人歩く実家までの道のりは
たまならく、過去の想いが溢れました。

三年ぶりに会う母を『歳をとったなぁ』『痩せたなぁ』と感じました。

母も最初はぎこちなく、、、
だけど、和多志があまりに
いつもの調子で話していたら
母も自然な感じになり
父や母、和多志も思いでの土地
東大阪の布施です。
和多志が幼少に育ち、
父と母の飲食店がありました。
布施のおみやげ物を渡すと
満面の笑みを浮かべ
和多志『元気にしてたん』
母『元気にしてたよ』
和多志『元気で何よりやわぁ』と
たくさんたくさん話しました。

まず、お父ちゃんに手を合わせに行きたいねん
から始まりました。
お母ちゃんは、終止『ありがとうありがとう』
何度も何度も言ってました。
三年間子どもに一切連絡も
会う事さえなかった三年
食事をしなが、初めて和多志の想いを
飲食店を経営していた両親から
食事やたくさんの品物を頂いていた事は覚えている。
ただ、和多志は品物や食事より
『母の愛を知りたかった、見せてもらい和多志が愛をもらったと感じたかった』と
母は、ただ、ただ、泣いていました。
母は『人とどう関わればいいのかが、わからなかった、個性のキツイ和多志とも、どう接していいかもわからへんかった』と、、、
和多志も泣いていました。
過去の和多志は母の行動全てを嫌い恨んでいました。
今ならわかる、理解できます。
和多志も『人間なんて、人は嫌い』スタートです
和多志は主人に出逢い
主人の母に逢えた
その二人の背中を見て行動を見て
人生は変わりました。

実の母がお母ちゃん小学一年生で
結核で入院し小学六年生で永眠しています。
中学には義理の母が来て
『初潮』の事も『女性』としての事は
一切教えてもらえず育っています。
この事も思考では理解しようとしても
心が和多志の気持ちが赦せていなかった。
父から溺愛されて育って
母の嫉妬、妬みがヒステリックになり
行動に繋がっていた事。
母は兄を溺愛していた事。
いろんな事が絡み合い、お互い理解できずに
昨日まで過ごしていました。
今でも気丈で『リンさえ居たら一人でも寂しくないねん』
和多志は主人、姑のおかげで『人との関わり』を
教わりました。
その事を伝えたら、『真理子がしあわせで暮らしている事が嬉しいねんで』と、、、
和多志は母に『一人で生きていけるなんて言わんといて貴方には娘が居てでしょもっと頼って欲しい、そんな寂しい事は言わんといて、ハガキ一枚で元気にしていますよ。だけでそれだけでいいねん』
母は『わかったよ、いつかそうするわな』と
お互い泣いていました。
『人は一人では生きてゆけない、今日の事も近所の人が教えてくれて姑がお盆前にの言葉で今日があるんやで』
母との時間は涙涙の時間と久しぶりに
母とたくさん笑い過ごしました。
正直、こんな日が来るなんてと思いました。

母の事を教えてくれた近所の人へ
挨拶に行きました。
そこで、想いもよらない事を聞いたのです。

母は創価学会の人です。
近所の人も
創価学会のお経の中に『丑の刻、寅の刻勤行』があります。
『祈り』の様な勤行です。
母は毎日、父が永眠してから
毎日続けているそうです
近所の人が何故なのか聞いたそうです
母は『ただ、ただ、息子、娘が健やかで元気に暮らしている様に、そして、父へ』
号泣しました。
初めて産まれて初めて感じた
『母親』でした。。。

近所の人への挨拶を済ませて
母の元へ帰り『丑の刻、寅の刻勤行の事ありがとう

母はこれからも毎日するよ。
って言ってました。。。

母から実の祖母の着物を初めて見せてもらい
和多志が『蒼』が大好きな理由がわかりました。
祖母の着物は全て『蒼と紫』のみの着物でした。
そして、8月10日は母の曾祖母の命日。
母の祖母の死産で産まれた娘の命日でした。

母は帰りに祖母の着物、母の着物、たくさんの愛の品物を和多志に持って帰らせてくれました。
祖母の着物は紫、母の着物はピンクです。

母に『元気でね』とだけ言って
実家を後にしました。

帰りながら大和川を見ながら泣いていました。
もう、全てにありがとうだけでした。
その日は大和川沿いで祭で『河内音頭』を
聞きながら、、、
その後、姑に報告へ向かい
母が元気に暮らしている事の全てを
伝え、姑もまた泣いていました。
姑が自宅まで送ってくれたので
自宅に帰り着き
庭を眺めていました。
そこには、紅葉の樹下で
ひっそり、美しく咲いていた
百合の花の姿がありました。。。


大袈裟ですが本気です。
今繋がりのある人達
これから繋がる人達
日本の国、世界中の
いきとし生ける全ての生命へ

ありがとう。
愛しています。

そして、お母ちゃん和多志を
産んでくれてありがとう。


2016年8月10日の日を一生忘れません。


全ての生命へ
岡本真理子より
愛を込めて

かなりの長文を読んでくださり
ありがとうございました。

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